こんにちは😊さくらママです🌸
前回は、一時帰宅の途中で「結核の疑いがある」という
電話がかかってきたところまでお話ししました。
今回は、そこからさらに状態が悪化していき、
さくらが気管挿管をすることになった夜のことを書きたいと思います。
数値が安定しない日々

個室から出られない私に代わって、パパがドライシャンプーなどを買ってきてくれました。
さくらには経鼻カニューレで酸素を送っていましたが、
それがさくらに合っているのかどうかも、正直よく分からない状態でした。
口元に吸入器を近づけて、吸入も行っていました。
ある日、胃液の検査をすることになったのですが、まさかの胃液が採れませんでした(笑)
消化が良いということなんですけどね。
その頃から、さくらの数値があまり安定しなくなっていきました。
二酸化炭素の数値が上がっていて、「日に日に悪くなっている」と言われ、
気管挿管をするかどうかが検討され始めました。
ミルクを飲んだ後にまた苦しくなってしまうこともあり、絶食になる日もありました。
先生からは、点滴だけの状態が1週間くらい続くと、点滴だけでは足りなくなって、
今度は胃に穴を開けて管を通す手術が必要になるかもしれないと説明を受けました。
だから、できるなら口から飲む方がいいと。
さくらのように、飲むことでしんどくなってしまう子でも、
毎回呼吸困難になるわけではないなら、口からの方がいいことが多いそうです。
昼過ぎの検査で二酸化炭素の数値は少し下がっていて、少しほっとしました😮
ただ、この頃には口の中に管がもう1本増えていました。
胃液を出したり、ミルクが詰まったときに出せるようにするための管でした。
コードブルーが鳴った夜
昼過ぎ、さくらのSpO2が突然落ち始めました。
慌ててナースコールをして、扉を開けて看護師さんを呼びました。
看護師さんがコードブルーをすると、近くにいた先生たちが一斉に集まってきて、
ジャクソン(アンビューのようなもの)を使って対応してくれました。
私は訳が分からないまま部屋の外に出され、給湯室で看護師さんに付き添ってもらいながら、
たださくらの無事を祈っていました😥
しばらくして呼ばれ、「一旦安定しました」とのこと。
さくらは疲れ切って眠っていました。
先生からは、「このままだと気管挿管をすることになるかもしれない。
ただ、原因が分からないまま気管挿管をすると、次に抜管するのが難しくなる」と言われました。
「できれば気管挿管はしたくない」と強く感じたのを覚えています。
この日はこの後、夕方にもさらに2回コードブルーがありました。
その夜の23時半ごろ、さくらは一度眠っていたのですが、
私は「また急にSpO2が下がるんじゃないか」となかなか寝付けずにいました。
そして案の定、しばらくすると数値が下がり始めたので、急いで看護師さんを呼びました。
看護師さんがジャクソンを使う準備をしている間にも、
数値はどんどん下がっていって、ついにSpO2が「0」と表示されたのです。
この日4回目のコードブルー。先生や看護師さんたちが急いで集まってくれました。
さくらは上半身を脱がされ、ジャクソンでSpO2を上げたあと、カニューレに戻してみるものの、
また数値が下がってしまうため、再びジャクソンを使う……ということが繰り返されました。
この時にパパにも電話をしました。気づけば、もう数時間が経っていました。
途中、私は隣の部屋で待機させられる時間もありました。
しばらくして主治医が来てくださり、「一旦、気管挿管をするしかない」と説明を受けました。
さくらはジャクソンをつけたまま、手術室へ連れて行かれました。
私は部屋に残され、ただ時間が過ぎるのを待つしかありませんでした。
気管挿管、そしてHCUへ

しばらくして、「気管挿管が無事に終わりました。安定してきています」とのこと。
ほっとしたと同時に、涙が出ました😭
この時点で朝6時頃でした。
この後HCUに入るということで、一旦個室の荷物を片付けていると、
ちょうどその頃パパが病院に到着しました。
しばらくして、気管挿管をしたさくらがHCUに戻ってきました。
麻酔を打たれていて、この後も鎮痛剤などを使うため、
しばらくは目を覚まさない状態だと説明を受け、私たちは病院を後にしました。
この日はパパと、さくらの生まれたころからの写真や動画をずっと見て、2人で泣いていました。
夜は、近所の串カツ屋に行きました。
さくらが病気になってからずっと足が遠のいていたお店です。
この日はパパが、落ち込んでいる私を慰めようと連れて行ってくれたのです。
帰りには、さくらに母乳を届けるため西松屋でフリーザーパックも買いました。
この頃から、毎日さくらのお見舞いに病院へ通う日々が始まりました。
面会時間は1回につき約15分。土日にはパパも一緒にお見舞いに行きました。
家にいると、毎日のように落ち込んでしまう自分がいて、
「もう歩けないんじゃないか」など、これからの生活への不安がどんどん募っていきました😭
先生からは、「痰が絡んで苦しくなったのでは」というお話もありました。
あの夜、何が起きていたのか、はっきりとした原因は結局この時点でも分からないままでした。
少しずつ鎮痛剤の量が減ってきて、さくらが表情を見せてくれるようになったのは、
それから数日経ってからのことでした😊
気管切開の打診と、一緒に過ごせなかった年末
12月に入って、さくらに合う小さいカメラが総合病院になかったことから、
気管軟化症の可能性を調べるために、別の病院へ検査入院することになりました。
結果は気管軟化症が軽度、気管支軟化症が中等度とのことでしたが、
これが原因のすべてだったわけではなく、その後も原因がはっきりしないまま、
状態を見ながら過ごす日々が続きました。
そんな中、主治医から気管切開について話がありました。
年末は手術が難しいため、もし手術をするなら12月20日頃が最終日程になるとのこと。
ちょうど気管挿管から1ヶ月が経つ頃合いでもあり、
まずは日程の枠を確保できるかどうかの確認という段階でした。
まだ挿管も鎮静剤も最小限で済んでいて、
来週改めて抜管できるかどうかを検討する予定とのことでした。
でも正直、切開はまだ決心がつきませんでした。
「さくらに生きていてほしい」という気持ちが一番強くて、
切開後に家に帰ってきた時のお世話が大変だとしても、それは覚悟できる。
でも、安易に決められることでもなくて、この時はもう少し考える時間をもらうことにしました。

それから少しして、桜を抱っこしてみないかと先生に言っていただき、抱っこをさせてもらいました。
首も座っていないさくらですし、久しぶりで少しドキドキしましたが、本当に嬉しくて感動したのを覚えています😭💕
ずっと5キロを超えるか超えないかだった体重は5.8キロまで増え、順調に育ってくれていることにほっとした一方で、
主治医からは「ちょっと早めに切開した方がいいかもしれない」というお話もありました。
初めてのクリスマスもお正月も、さくらと一緒に過ごすことができなくなりました。
毎日届けていた母乳ですが、さくらが直接飲んでくれるわけでもないので、だんだんと出なくなってきてしまい、年末には卒乳という形になりました。
気管切開は勧められていましたが、まだ決心がつかず、ひとまず年内は見送ることにしました。
年が明けてからのことは、また次回お話ししたいと思います。

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